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26.01.22
TOKK編集部
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大河ドラマでいま注目を集めている豊臣秀吉。このエリアにも秀吉ゆかりのスポットがあります。秀吉が本陣を置いたといわれる神社です。今回はそんな話題のスポットをはじめとする高槻・島本エリアの寺社からの出題です。あなたの地元愛も試されるかも!?
大阪府三島郡島本町にある水無瀬神宮のご祭神・後鳥羽上皇は、文武両道に秀で、多芸多能な人物として尊崇を受けています。
では、水無瀬の地で後鳥羽上皇みずから作製に取り組んだともいわれる、日本文化を象徴するモノといえば何でしょう?
A. 刀剣
B. 平曲
C. 随筆
D. 能楽
○【A】刀剣
正解です。
水無瀬神宮にまつられている後鳥羽上皇は、源平合戦の直後に4歳で天皇に即位し、19歳で上皇となった人物です。
上皇となってから頻繁に滞在するようになったのが、現在の島本町にあった水無瀬殿(離宮)。上皇は水無瀬で和歌や楽器、蹴鞠、相撲などさまざまな文化・芸能に取り組んだとされています。愛好したもののひとつに刀剣があります。
上皇は全国から優秀な刀工を呼び、御番鍛冶(ごばんかじ)制度を確立。京都国立博物館蔵の重要文化財「太刀 菊御作(きくごさく)」は、上皇みずから鍛造し、茎(なかご)に菊花紋を刻んだと伝わります。
×【B】平曲
『平家物語』を琵琶の伴奏で弾き語りする音楽芸能です。
13世紀末~14世紀に成立したとされ、弾き語りする者は琵琶法師と呼ばれました。南北朝時代に明石検校覚一(けんぎょうかくいち)という人物がさまざまな歌詞を整理。江戸時代から平曲と呼ばれるようになりました。
×【C】随筆
後鳥羽上皇に見出され、和歌所の職員となった人物がのちに随筆家になりました。有名な鴨長明(かものちょうめい)です。
長明は神職になる希望がかなわず和歌所も辞め、出家。京都の郊外・日野(京都市伏見区)に住み、日本の古典を代表する随筆『方丈記』を著しました。
×【D】能楽
能楽は、猿楽から発展し、室町時代に観阿弥(かんあみ)・世阿弥(ぜあみ)親子によって大成した芸能です。
世阿弥が12歳のとき、室町幕府3代将軍・足利義満の目にとまり、世に出るきっかけとなりました。デビューの地は、京都市東山区の新熊野(いまくまの)神社です。
JR高槻駅から北へ続く道路は、元々はある神社の参道で、安土桃山時代に羽柴秀吉が本陣を置き、合戦に勝利したのち社殿を美しく修造したと伝わります。
現在は初詣や受験の合格祈願などで賑わう、高槻市民おなじみのこの神社は、次のうちどれでしょう?
A. 小倉神社
B. 上宮(じょうぐう)天満宮
C. 野見神社
D. 三輪神社
×【A】小倉神社
天王山の登山口(京都府乙訓郡大山崎町)に鎮座する神社です。
天正10(1582)年に羽柴秀吉と明智光秀が戦った山崎の戦いのとき、秀吉が家臣を派遣して戦勝を祈願したといわれており、大切な勝負の前にお参りすると勝利できると信仰されているパワースポットです。
○【B】上宮(じょうぐう)天満宮
正解です。
学問の神様・菅原道真公をまつる神社で、太宰府天満宮(福岡県)に次ぎ、全国で2番目に古い天満宮とされています。
JR高槻駅から北にのびる道路は元々この神社の参道で、「天神の馬場」と呼ばれる松並木でした。
天正10(1582)年山崎の戦いの直前、山陽方面から軍を進めた羽柴秀吉がこの「天神の馬場」に本陣を置きました。ライバル・明智光秀を倒し天下人になった秀吉は、戦勝に感謝して社殿を美しく修造したそうです。
本殿は平成8(1996)年に焼失してしまいましたが、再建された本殿は竹造りで、全国的にも珍しい社殿建築となっています。
×【C】野見神社
阪急高槻市駅から南へ徒歩約10分の高槻市野見町にあり、こちらも高槻市民おなじみの神社です。
かつての高槻城内に位置しており、城内を守護する神様として城主の崇敬を受けたそうです。明治時代に野見宿禰命(のみのすくねのみこと)もおまつりし、野見神社となりました。
×【D】三輪神社
高槻市富田町4丁目にある神社で、富田村の産土神(うぶすながみ)とも、奈良県の大神(おおみわ)神社から勧請(かんじょう)されたともいわれています。
富田は江戸時代には酒造りで隆盛をきわめた地で、お酒の神様をまつる神社として地域の人々から信仰を集めています。
京都に政権があった室町幕府は、初代から15代まで15人の将軍がいますが、実は1人だけ1度も京都に入れなかった将軍がいます。
その人物・14代足利義栄(よしひで)は、現在高槻市に残るお寺で将軍に就任したのですが、そのお寺とは次のうちどこでしょう?
A. 相国寺(しょうこくじ)
B. 興聖寺(こうしょうじ)
C. 普門寺(ふもんじ)
D. 真如院(しんにょいん)
×【A】相国寺(しょうこくじ)
京都市上京区にある臨済宗相国寺派の大本山です。室町幕府3代将軍・足利義満によって幕府の政庁「花の御所」の東隣に創建されました。
実は世界遺産の金閣寺や銀閣寺は、この相国寺の塔頭(たっちゅう)寺院。それらの美術品は境内の「承天閣美術館」に所蔵されています。
×【B】興聖寺(こうしょうじ)
滋賀県高島市朽木にあるお寺で、中世の大名・朽木氏によって建てられました。
室町幕府12代将軍・足利義晴、13代将軍・足利義輝は、京都の兵乱を避け朽木氏を頼って数年滞在。境内の旧秀隣寺(しゅうりんじ)庭園はそのときのもので、足利庭園とも呼ばれる名庭園です。
○【C】普門寺(ふもんじ)
正解です。
高槻市富田町4丁目にある臨済宗のお寺です。
戦国時代の永禄8(1565)年、13代将軍足利義輝が京都で三好氏に攻められて命を落とすと、次の将軍候補として三好氏に擁立されたのが阿波(徳島県)にいた足利義栄でした。
義栄は富田の普門寺に入り、永禄11(1568)年2月にこの地で朝廷からの使者を迎え、将軍になりました。
ところが義栄はその年の秋に病没。将軍在位はわずか半年、敵対する織田信長の勢力圏だった京都に入ることはかないませんでした。
こけら葺きの方丈(本堂)は重要文化財。枯山水の庭園は国の名勝。拝観は予約制です。
×【D】真如院(しんにょいん)
京都市下京区にあるお寺で、足利義昭(室町幕府15代将軍)が京都に入ったときに織田信長が迎えた場所とされています。
特別公開日以外は非公開という知る人ぞ知る寺。魚のうろこ状の石を並べ水の流れを表現した枯山水庭園は、名作庭家・重森三玲(みれい)氏の復元です。
写真提供:(公財)大阪観光局
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