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26.03.27
和田翔
好きな言葉は「一斗二升五合」。お酒とマンガとJリーグも大好きです。最近は私設図書館のお手伝いもやっています。

モノクロ銀塩(ぎんえん)プリントという言葉を、聞いたことがあるでしょうか? スマートフォンやデジタルカメラで写真を撮ることが当たり前になった今、あえて昔と変わらない原理で写真を現像し、1枚1枚を手で焼き上げる写真家がいます。
大阪・箕面で「モノクロ銀塩ラボ かないろ」を営む本田かなさんは、暗室で光と向き合いながら、温かみのある”物”として写真を残すことに並々ならぬこだわりを注いでいます。

本田かな(モノクロ銀塩ラボ・かないろ 主宰)
京都精華大学でグラフィックデザインを学び、在学中に写真と暗室の魅力に目覚める。卒業後は写真作家として活動し、複数の写真を編み込む独自の技法を確立。この技法に「フォトクロス」と名付ける。のちに暗室技師の勢井正一(せい・まさかず)さんに師事する。現在は箕面市に構える自身のスタジオで、個人向けの現像・プリント受注やワークショップなども展開している。
「銀塩プリント」と聞いても、ピンと来る人はあまり多くないかもしれません。筆者自身も、今回の取材で初めて知りました。そんな相手にも、本田さんは丁寧に説明してくれました。
「銀塩プリントとは、光に反応する銀の化合物を塗った印画紙に光を当て、現像液の中で像を浮かび上がらせる写真技術のことです。一般的なインクジェット方式のプリントが紙にインクを吹き付ける方法なのに対して、銀塩は印画紙そのものが光と薬品に反応して発色します。起源は現代的な写真が生まれた19世紀にまで遡ります」

ところで、スマートフォンでの撮影に慣れている私たちにとって、そもそも「現像する」や「焼く」といった表現は耳馴染みがないかもしれません。
フィルムカメラで撮影したフィルムは、撮っただけでは映像を見ることができません。薬品に浸して化学反応を起こし、映像を見える状態にする工程を「現像」と呼びます。
そして現像したフィルムを引き伸ばし機にセットし、光を印画紙(専用の用紙)に照射して映像を焼き付けることを「焼く」と言います。
どちらもフィルムカメラの世界では今も日常的に使われている言葉です。
なお、印画紙は光に非常に敏感なため、これらの作業は必ず外光を完全に遮断した暗室で行います。暗室の中では、印画紙が反応しない波長の赤い光だけが灯されています。

モノクロ写真には、カラーにはない独特の奥行きがあります。色数が少ないのにどこか立体的に感じます。そんな不思議な魅力について、本田さんはこう教えてくれました。
「カラー写真であれば、『紺色のブラウスを着ているな』とか『白髪が混じっているな』 とか、色の情報で目があちこちに向いてしまいます。でもモノクロにすると、被写体をしっかり見ようとする意識が働いて深く浮き上がる、というふうに私は捉えています」

モノクロの世界にも、純粋な白と黒の間にグラデーションがあり、本田さんは「その幅の広さをいかに表現できるか」が腕の見せ所だといいます。
「私が大学時代に焼いたものはグラデーションの幅が狭くて、物体が黒く沈んで見えなかったり、白に飛んで薄くなったりしていました。上手な作品と並べると、背景の黒の締まり方とかいろんな違いに気づかされます」
本田さんが写真と出会ったのは、京都精華大学の2年生のとき。グラフィックデザインの授業についていけず、消去法で選んだ「写真」の選択授業が全ての始まりでした。
「カメラのファインダーをのぞいて、少し向きを変えるだけで風景が変わる。そういう写真のおもしろさに気づいたんです。他の授業はあまり興味が湧かず、写真の暗室にはほぼ毎日入っていました」

本田さんが大学に通っていた当時は、フィルムカメラが主流のころ。現像やプリントなどの「写真を物として残す行為」への関心も自然と深めていきました。決定的な瞬間は、初めて自分で現像液に印画紙を浸けたときに訪れたそうです。
「最初は、『なんや、この面倒な作業は』と思ったんですが、写真を現像液にくぐらせて10秒ほど経つとブワーッと映像が浮かび上がってきて『やばい、これは楽しいわ』と感じました。そこからは、暗室に入るために写真を撮っているようなものでした」
その後、本田さんは自分なりの表現方法を模索するなかで、2枚の写真をカッターで切って互い違いに「編み込む」独自の技法を突如閃いたそうです(のちにこの技法は「フォトクロス」と名付けられます)。
現在の作品にも受け継がれているこの作風は、見ていると幻想的な世界に飛び込んだような感覚や、どこか懐かしい気持ちを呼び起こします。

しかし作家活動の中でスランプを経験し、3年ほど写真から離れた時期がありました。そんなときに声をかけてくれたのが、さまざまな媒体で活躍する写真家の伊東俊介さん。
「日本全国を駆け巡る『いとう写真館』の、フィルム現像と手焼きプリント、暗室の仕事をやりませんか?」という誘いに、本田さんは思わず即答したそうです。
「若い頃は、『人の写真を焼くなんて』と思っていましたが、自然と『やらせてください』と言っていました。人の作品をお手伝いすることで、きっと何かが変わるだろうって思ったんです」
そこで出会ったのが、本田さんが「暗室の師匠」と敬う勢井正一さんでした。
その時点で約20年のキャリアがあった本田さんでしたが、自己流で磨いた腕前を勢井さんに見せたところ「これまでに覚えたことは全て忘れるように」と手厳しい一言。改めて、現像とプリントを学び直すことになりました。
現在もより一層調子の良いネガ、プリントを上げられるように探求中の本田さんは、「いとう写真館」の現像師の仕事を一つの軸としながら、個人の顧客からの現像依頼や「フォトクロス」を進化させた作品の展開を模索しています。

本田さんは、モノクロ銀塩の世界を広く伝えるため、ユニークなワークショップも開催してきました。
これまで手がけてきたのは、ピンホールカメラを手作りする体験や、「カメラ・オブスキュラ」と呼ばれる装置を使ったイベント。
カメラ・オブスキュラとは、暗くした部屋の壁に小さな穴を開けることで、外の風景を上下左右反転させて壁面に映し出す、写真の原型ともいえる仕掛け。ワークショップでは、壁面に投影した逆さまの風景の中を歩く姿を撮影したそうです。

そのほかに「肖像写真のワークショップ」も開催。撮影した写真をその場で暗室に入り現像する、なかなか味わえないレアな体験ができるプログラムです。
加えてここ最近、個人向けの現像・プリント受注も開始したそうです。撮影したフィルムやネガを送れば、現像からプリントまで対応。料金はサイズごとに設定されています。
| モノクロフィルム現像 | 135mm:1,210円 ブローニー:1,210円 増減感:+110円 |
| モノクロフィルム現像+コンタクトプリント | 2,200円 |
| モノクロ銀塩プリント(RCペーパー) | キャビネ:550円/127mm×127mm 六切:1,320円/203mm×254mm 四切:1,980円/240mm×305mm 大四切:2,860円/279mm×356mm 小全紙:7,700円/406mm×508mm 大全紙:11,000円/508mm×610mm |
※上記価格表にないサイズやバライタ紙でのプリントは、「かないろ」まで要問い合わせ
「今撮った写真を現像するのでも、家の整理をしていて出てきた昔のフィルムを現像するのでも、どちらも大歓迎です」と本田さん。押し入れの奥に眠っているフィルムを探して、昔の思い出を形に残すのも楽しいかもしれません。
「スマホで撮った写真を『かわいいやんか』と見るのも楽しいですし、私もよくやります。でも、画面の中で完結しちゃうんです」
そう語る本田さんが伝えたいのは、思い出を「物にする」ことの大切さです。

「紙の本を読んでいるときって、次のページに何が書かれているか想像してドキドキするじゃないですか。写真も同じで、例えばアルバムをながめてワクワクしたり、めくる手の動きそのものが楽しかったり、自分の体を使って体験することに意味があると思うんです」

「物として残す」ことで、初めて生まれる体験がある。本田さんはその楽しさを、もっと多くの人と分かち合いたいと話します。
「フィルム写真を撮り続けている作家として、やっぱりその楽しさをもっと多くの人に知ってほしいですね。近いうちに、皆でフィルムカメラを持って撮影に出かけて、現像して、暗室で焼く。そんな体験を丸ごと全部できるワークショップを開催しようと考えています」
写真は撮って終わりではなく、物になって、誰かの手に渡り、飾られ、めくられて、初めて写真になる。そんな信念が、本田さんの言葉から確かに伝わってきました。
※現像・プリントのご依頼、ワークショップの最新情報はInstagramよりお問い合わせください
ライター
和田翔
大阪の北摂エリアを拠点に活動するフリーライターです。日常の少し不思議なあれこれを「なるほど」へと変えられるように心がけています。好きな言葉は「一斗二升五合」。お酒とマンガとJリーグも大好きです。最近は私設図書館のお手伝いもやっています。
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