桂・嵐山 TOKK
Clear
-2.93
TOKK(トック)大阪京都神戸阪急沿線おでかけ情報メディア
WEB版「TOKK」が「TOKK関西」にリニューアル
URLが変更になりました
検索する
閉じる
桂・嵐山 TOKK
Clear
-2.93
26.01.19
津曲 克彦(がりさん)
鹿児島県生まれ。大阪府吹田市出身。龍谷大学国際文化学部(現:国際学部)を卒業後、新聞社や出版社、編集プロダクションなどを経た後、2015年からフリーライターとして活動。

阪急京都線と嵐山線が交差する「桂」。特急の停車駅であり、駅直結の商業施設「ミュー阪急桂」が賑わうこの街は、京都と大阪、どちらへもアクセスが良い利便性から、人気のベッドタウンとして多くの人が利用します。
しかし駅の改札を抜け、東口から消防署のある通りへ足を踏み入れると、駅前の喧騒が嘘のように静まり返ります。新しいマンションと、古くからの邸宅が混ざり合う落ち着いた住宅街。その一角に印象的な一軒のお店が佇んでいます。
「コーヒーショップ ハヤシ」。
創業は昭和48年(1973年)。半世紀以上にわたり、この場所で桂の朝を見守り続けてきた老舗の喫茶店です。琥珀色の空気が流れる店内で、マスターの林政宏さんに、移ろいゆく桂の街の景色と、変わらないお店の物語を伺いました。

「昔はね、この辺りはまだ田んぼだらけでしたよ」
カウンターの中でお湯を注ぎながら林さんが懐かしそうに目を細めます。 今でこそ、駅からお店までの道のりには住宅がびっしりと立ち並んでいますが、林さんがお店を始めた53年前、この「木ノ下町」の風景は今とは全く違っていたといいます。

「僕が物心ついた頃は、丹波街道の向こうに東海道線が見えていたくらい、高い建物なんてなかったんです。お店の近くには西山別院(西山御坊)があってね、この辺りは古い丹波街道への入り口として、昔から人の往来はあった場所なんです」
当時の阪急桂駅は、現在のような立派な駅ビルではなく、地上の駅舎でした。線路には踏切があり、駅の周りには、これから大阪や京都の中心部へ働きに出る人々の活気と、のどかな田園風景が同居していた時代。
さらに林さんは、当時の桂が持っていた「もう一つの顔」を教えてくれました。「大通りの向こう側にはね、室町(呉服店)の社長さんが住むような豪邸がたくさん並んでいたんです。お屋敷街でしたね」

かつての桂は、京都市内の喧騒を離れた場所だけあって、少しハイソサエティな保養地や別荘地のような側面も持っていたのでしょう。その後この街は、高度経済成長期を経てベッドタウンとして発展しました。田んぼは住宅地に変わり、豪邸の一部はマンションへと姿を変え、駅は高架化されました。
「昔はこの通りにも文房具屋さんがあったし、金物屋さんもあった。でも今はもう、みんないなくなってしまいました。ちょっとした買い物でも、もうAmazonに頼まなあかん時代ですわ」
少し寂しそうに笑う林さん。 便利さと引き換えに、少しずつ個人の商店が姿を消していく中で、「ハヤシコーヒーショップ」は、開発前の桂の空気をそのまま閉じ込めたタイムカプセルのように、今日もそこにあり続けています。
ハヤシコーヒーショップの朝は早く、現在は朝6時半に開店します。かつてはなんと「朝4時」から店を開けていた時期がありました。まだ街が寝静まっている真夜中のような時間に、なぜ店を開ける必要があったのでしょうか。その理由を尋ねると、林さんは意外なきっかけを教えてくれました。
「昔、この近くに新聞販売所があったんです。そこで働く新聞奨学生の子たちがね、うちに来てくれてたんです」
新聞奨学生とは、新聞配達の業務を行う代わりに、新聞社から奨学金の支給を受けて大学などに通う学生たちのこと。当時、林さんのお店には、大学などに通う多くの学生たちが集まっていました。

「彼らは朝が早いでしょう。だから僕もそれに合わせて、どんどん店を開ける時間を早くしていったんです。『お腹空いたまま仕事に行かすのも、かわいそうや』と思ってね。それが習慣になって、一時期は4時から開けていました」
実は、その学生たちの中には、後にミステリー作家として大成した中山七里さんのお姿もあったそうです。『さよならドビュッシー』などのベストセラーで知られる中山さんも、当時は花園大学に通いながら、新聞配達に汗を流す奨学生の一人だったのです。
「あの子が一番出世したなぁ」
林さんは当時を懐かしむように振り返ります。今や映画化もされるほどの作品を世に出した有名作家が、若き日にこの店でコーヒーを飲み、冷たい朝の街へと飛び出していった。 そんな青春の1ページが、この店の歴史には刻まれているのです。
冬の寒い朝も、雨の降る朝も、林さんは店を開け続けました。 「もし店が閉まっていたら、あの子らは行くところがないから」。その責任感と優しさが、いつしか「コーヒーショップ ハヤシはいつでも開いている」という街の安心感へと変わっていきました。

時代は流れ、新聞販売所は移転し、学生たちの姿は見えなくなりました。しかし、林さんの早起きの習慣は変わりません。「今は6時半からですけど、それでも『開いててよかった』と言ってくれる常連さんがいますから」。
定休日は設けず、「休むと常連さんが困るから」と、年末年始以外はほとんど毎日、カウンターに立ち続けています。
半世紀以上の月日が流れても、店内の雰囲気は創業当時のままです。 飴色になった壁、使い込まれた椅子。BGMはなく、常連客が新聞をめくる音や和やかな会話の声が響きわたります。
この店で多くの人が注文するのが、創業から変わらない「モーニング」です。 厚切りのトーストに、ゆで卵、そしてコーヒー。奇をてらわない、王道のモーニングセット。シンプルだからこそ、素材の良さと丁寧な仕事が際立ちます。

そして「サンドイッチ」は、手作りの卵焼きやハム、キュウリ、トマトとバラエティに富んでいます。口に入れた瞬間、卵の優しい甘みと、マヨネーズの絶妙な酸味が広がります。
かつてはスパゲティや焼き飯など、多くのフードメニューがありましたが、お一人で切り盛りされるようになってからは、「歳とともに、フライパンを振るのがしんどくなってね」と、メニューを絞り込んだといいます。それでも、サンドイッチだけは残しました。

「お金をいただく以上は、やっぱりおいしいものを出したいですから」
林さんはさらりと言いますが、注文を受けてから一つひとつ丁寧に作るその手つきには、職人の矜持が宿っています。メニューを減らしてでも、自分がおいしいと胸を張れるものだけを提供する。それが、50年続く秘訣なのかもしれません。
そのコーヒーにも、林さんのこだわりが詰まっています。 使用する豆は、創業以来の付き合いがある焙煎士から仕入れたものだそうで、いわば「味のパートナー」です。
「ブレンドは4種類の豆を使っていますが、うちは『モカ』の香りを大切にしています。酸味と香りが一番強いのがモカなんです」

一口飲むと、深みのあるコクの中に、華やかな香りと爽やかな酸味が鼻に抜けます。最近流行りのサードウェーブコーヒーとはまた違う、喫茶店ならではのドシッとした、でも優しい味わい。 何十年も通う常連さんが「これやないとあかん」と言うのも納得の一杯です。
御年78歳の林さん。早朝から店に立ち、一人で切り盛りする林さんですが、そのバイタリティには驚かされます。
「健康の秘訣? うーん、やっぱり店に立つことちゃいますか。テレビでも言うてましたけど、『誰かの世話をする、責任を持つ』というのが、一番大事らしいんです(笑)」
人にサービスを提供する側でいること。待ってくれている人のために店を開けること。 その使命感が、林さんの背筋をピンと伸ばしています。「頭痛ひとつしたことがない」と笑う林さんは、まさに「生涯現役」を体現しています。

「街は変わりましたけど、僕は変わらずここでやっていくだけです。できる範囲でね」
取材を終え、店を出ると、そこには開発が進む桂の住宅街が広がっていました。しかし、背中にはまだ、コーヒーの香りと林さんの温かい笑顔が残っているような気がしました。
忙(せわ)しない朝、駅へ急ぐ足を少し止めて。 あるいは休日の朝、いつもより少しだけ早起きをして。駅から4分歩いた先にある、この「止まり木」を訪れてみてください。変わらない笑顔と、絶品のモーニングが、あなたを待っています。
| スポット名 | コーヒーショップ ハヤシ |
| 営業時間 | 6:30~14:00(金・土曜は~12:00) |
| 定休日 | 不定休 |
| 問い合わせ | 075-391-9925 |
| アクセス | 阪急桂駅下車 約4分 |
| 住所 | 京都府京都市西京区桂木ノ下町16-3【MAP】 |
| URL | https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260401/26009622/ |
ライター
津曲 克彦(がりさん)
幼い頃から移動といえば「阪急電車」。マルーンカラーの車両とゴールデンオリーブカラーのシートにくるまれて育ってきた「阪急育ち」です。京都に行くときはもちろん、大阪梅田や神戸、お参りすることが多い清荒神までも阪急を利用するのがデフォルトです。でも、阪急沿線にはまだ降り立ったことのない駅もたくさん!TOKKでの取材を通じて、密かに「阪急全駅下車チャレンジ」を果たそうともくろんでいるのです。ウッシッシ。
2026.1.16 - 2026.1.22