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そのお湯は愛が沸かす。「神様の水」と親子の情熱が守る、京都市西京区最後の銭湯「桂湯」

25.12.24

津曲 克彦(がりさん)

津曲 克彦(がりさん)

鹿児島県生まれ。大阪府吹田市出身。龍谷大学国際文化学部(現:国際学部)を卒業後、新聞社や出版社、編集プロダクションなどを経た後、2015年からフリーライターとして活動。

そのお湯は愛が沸かす。「神様の水」と親子の情熱が守る、京都市西京区最後の銭湯「桂湯」
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底冷えする京都の冬。寒さが厳しくなると、無性に恋しくなるのが、手足を伸ばして浸かれる広い湯船と、心まで温めてくれる湯気のある風景です。

創業から約96年。暖簾をくぐれば、そこには昭和の面影を色濃く残すレトロな空間と、訪れる人々を温かく迎える家族の物語がありました。今回は、ただお湯に浸かるだけではない、心のアカまで落としてくれるような「桂湯」の魅力を、少しマニアックな視点も交えてたっぷりとご紹介します。

デザイナーだった先代の遊び心が光る、レトロ・モダンな空間美

阪急桂駅から歩くこと約5分。かつて山陰街道の宿場町として栄えたこの街に、時代が変わっても変わらない灯りを守り続ける一軒の銭湯があります。 その名は「桂湯(かつらゆ)」。 西京区内でかつては7〜8軒あったという銭湯も、今ではここ一軒を残すのみとなりました。

ガラガラと引き戸を開けて脱衣所に足を踏み入れると、まず視線を奪われるのは、頭上に広がる見事な「格天井(ごうてんじょう)」です。 高く開放的な天井を見上げていると、そのマス目一つひとつに何やら愛らしいイラストがハマっていることに気づきます。

桂湯 天井

「実はこれ、先代の主人が段ボールに描いてはめたんですよ」と、女将の村谷聡子(むらや・さとこ)さんが教えてくれました。

40〜50年前の改修当時からあるこの格天井。そこに段ボールを使い、「桂湯」の湯に浸かった気持ちを「ゆ」文字で表して描き、はめ込んでみたのだそうです。

実は、令和2(2020)年に亡くなられた先代のご主人、村谷純一(むらや・じゅんいち)さんは、元々デザイナーとして活躍されていた方でした。天井のイラストも純一さんが筆をとったものが中心でしたが、今ではお客さんが描いて持ってきてくれた作品も混ざっているのだとか。

脱衣所内を見渡すと、他にも純一さんが手がけた手作りの時計や、味のあるフォントで書かれた案内板など、既製品にはない温かみのあるアイテムがそこかしこに見受けられます。

桂湯 4
桂湯5

「主人は、ここを継ぐまではデザインの仕事をしていたんです。だから、細かいところにも遊び心を入れたかったんでしょうね」と聡子さんは懐かしそうに目を細めます。

そんな桂湯の美しさは、海を越えて評価されたこともあります。令和3(2021)年、オーストラリアの「ジャパン・ファンデーション・ギャラリー」で開催された日本の銭湯文化を紹介する企画展で、なんと桂湯をモチーフにしたアート作品が展示されたのです。

「ゆ」文字を組み合わせて描かれた桂湯の姿は、シドニーの人々にも日本の「SENTO」の温かさを伝えたといいます。 世界のアートシーンともつながるレトロな銭湯。そう聞くと、見慣れたタイルの輝きも少し違って見えてくるから不思議です。

桂湯6

「神様の水」と「魚の口」。極上のお湯を支える舞台裏

もちろん、こちらの魅力は空間だけではありません。銭湯の命である「お湯」へのこだわりもひとしおです。

桂湯のお湯は、酒造りの神様として知られる近くの「松尾大社」と同じ水脈の地下水を汲み上げたもの。年間を通して18〜19度の温度がある地下水は、夏はひんやりと冷たく、冬はほんのりと温かい、まさに自然の恵みです。

「やっぱり水道水とは違って、肌当たりがまろやかなんですよね」と聡子さんが語る通り、常連客からも「ここのお湯は柔らかい」と評判です。

桂湯7

浴槽のバリエーションはシンプルで、42度前後に設定された絶妙な湯加減の深風呂や浅風呂、下から気泡が湧き立つバイブラバス、ジェットバスに加え、サウナも完備されています。
また、日替わりの薬湯も人気で、生姜風呂の赤、ミルクバスの白など、毎日違う色と香りで訪れる人を楽しませてくれます。

桂湯8
水風呂は、吐水口が魚の形その口からドボドボと冷たい地下水が注がれる様は、なんとも愛嬌があります

この極上のお湯を、衛生面で支えているのが、息子の宗樹(むねき)さんです。 実は宗樹さん、本業は飲食店の厨房排水清掃(グリストラップ)や配管洗浄などを専門とする清掃業のプロフェッショナル。

「設備自体は古いですが、掃除だけは徹底しています。毎日営業が終わるとお湯を全部抜いて、一から磨き上げるんです」。 お湯を毎日入れ替えて、新鮮な一番風呂をお客さんに味わってもらう。そんな当たり前のようで大変な作業を、日々守り続けています。

宗樹さんがプロの技で磨き上げる清潔な空間と、神様の水脈から湧き出る柔らかなお湯。これが、桂湯が愛され続ける理由の一つです。

「なくしてはいけない」 廃業の危機を救った親子の絆

現在、二人三脚で桂湯を切り盛りする聡子さんと宗樹さんですが、ここまでの道のりは平坦ではありませんでした。大きな転機となったのは令和2(2020)年。純一さんが急逝された時のことです。

折しも世間はコロナ禍の真っ只中。人と人との接触が制限され、銭湯の客足も遠のく中での大黒柱の喪失に、聡子さんの頭には「廃業」の二文字がよぎりました。「主人が亡くなって、正直もう辞めようかと思いました。設備も老朽化していますし、息子に継がせるのも酷だと思って」。

桂湯9

そんな時、「店を休むわけにはいかない」と立ち上がったのが宗樹さんでした。「親父が急に亡くなって、準備も何もない状態でした。でも、毎日楽しみに来てくれるお客さんがいる。この灯りを消すわけにはいかないと思いました」。

本業の清掃業がコロナ禍で落ち着いていたこともあり、宗樹さんは桂湯の運営を本格的に関わることを決意。以来、清掃や設備のメンテナンスを一手に引き受け、母・聡子さんを支え続けています。

桂湯10

そんな宗樹さんは、銭湯という場の未来についても冷静に見つめています。「正直、銭湯単体での経営は厳しい時代です。他の銭湯さんのようにオリジナルグッズを売るのも一つの手ですが、うちは『空間』を大事にしたい。将来は、お風呂上がりにちょっとした軽食を楽しめるような、くつろぎのスペースを作りたいと考えています」。

令和7(2025)年には、銭湯には珍しいキャッシュカードやPayPayなどのキャッシュレス決済を導入。伝統を守りながらも、新しい価値を模索しています。「1人のお客さんのためでも、お湯を沸かし続ける」。そんな二人の静かですが熱い想いが、今日も桂の街の夜を温めています。

桂湯11

服を着てたら誰かわからない!? 裸の付き合いが生む笑いと学び

桂湯は、地域の人々をつなぐ、大切なコミュニティセンターとしての役割も担っています。
午後3時の開店と同時に訪れるのは、ご近所の高齢の常連さんたち。彼らにとって桂湯は、生活のリズムそのものです。

「雨が降るとお年寄りの常連さんはパタッと来なくなるんです。入る時間が決まっているから、『雨が止んだから行こう』とはならないみたいで(笑)」と聡子さんは話します。

脱衣所では安否確認のような会話が飛び交う一方、こんな笑い話も。

「あるお客さんがスーパーで買い物をしていたら、『奥さん!』って声をかけられたんです。でも服を着ているから一瞬誰かわからなくて(笑)。声を聞いて初めて『あぁ、あのお客さんか!』って気づくいたことがあったんです」。
裸の付き合いならではのエピソードに、思わずこちらの頬も緩みます。

夕方以降は学校帰りの子どもたちや、仕事帰りの若者たちの姿も増えます。時には、80歳を超えるような「主(ぬし)」のような常連さんが、かけ湯をせずに湯船に入ろうとする若者に「汗を流してから入りや!」と一喝することも。

「最初はびっくりするかもしれませんが、そうやってマナーを教わったり、逆に若い子がお年寄りに流行りの服の話をしたり。世代を超えた交流ができるのが銭湯の良いところなんです」。

桂湯12

さらに聡子さんは、子どもたちへの「銭湯教育(浴育)」にも力を入れています。 地元の小学校から社会見学を受け入れる中で、ジェネレーションギャップを感じることも多いとか。

桂湯13

お風呂上がりの瓶の牛乳やコーラなども、子どもたちにとっては新鮮な体験。「パックじゃなくて、瓶で飲むと口当たりが違っておいしい」という感覚や、瓶の栓を栓抜きで開けるのも、銭湯ならではの貴重な体験です。

携帯電話の画面越しではなく、生身の人と触れ合い、社会のルールや温かさを学ぶ。桂湯は、今の時代にこそ必要な「学び舎」なのかもしれません。

ランニング、桂離宮、そして中村軒。桂湯で締める「極上の休日」

最後に、桂湯を拠点にしたおすすめの休日の過ごし方をご提案します。 実は桂湯、ランナーやハイカーにも優しい銭湯としても知られています。 すぐ近くには桂川サイクリングロードや西山のハイキングコースがあり、番台に荷物を預けて走った後、ひとっ風呂浴びて帰るという使い方ができるのです。

また、観光と組み合わせるなら、こんな「桂満喫コース」はいかがでしょうか。

まずは、日本庭園の最高傑作とも称される「桂離宮」へ。四季折々の美しい庭園を参観した後は、すぐそばにある老舗和菓子店「中村軒」へ向かいましょう。名物の「麦代餅(むぎてもち)」や、夏ならカキ氷、冬なら温かいお善哉でほっと一息。

そして旅の締めくくりに、桂湯の暖簾をくぐります。 季節によって変わる暖簾(クリスマスには赤と緑など!)を楽しみながら中へ入れば、そこは昭和の楽園。

桂湯14

手ぶらでも大丈夫。貸しタオルやシャンプーも完備されています。 広い湯船で旅の疲れを癒やした後は、脱衣所の冷蔵庫からよく冷えた「瓶牛乳」を取り出し、腰に手を当ててグイッと一本。

宗樹さんが丁寧に磨き上げた清潔な空間で、聡子さんの温かい笑顔に見送られる帰り道。きっと体だけでなく、心までポカポカになっているはずです。

桂湯15

阪急電車に揺られ、ふらりと途中下車。そこには、レトロなタイルと、極上のお湯、そして純一さんが残したデザイン、何より温かい家族の笑顔が待っています。この冬、あなたも桂湯で「心と体の洗濯」をしてみませんか?

スポット名桂湯
営業時間15:00~23:00
料金大人550円、中学生400円、小学生200円、乳幼児100円
定休日月・火曜
問い合わせ075-381-4344
アクセス阪急桂駅下車 約5分
住所京都市西京区桂木ノ下町21-2【MAP】
URL https://x.com/kyoto_katsurayu

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津曲 克彦(がりさん)

ライター

津曲 克彦(がりさん)

幼い頃から移動といえば「阪急電車」。マルーンカラーの車両とゴールデンオリーブカラーのシートにくるまれて育ってきた「阪急育ち」です。京都に行くときはもちろん、大阪梅田や神戸、お参りすることが多い清荒神までも阪急を利用するのがデフォルトです。でも、阪急沿線にはまだ降り立ったことのない駅もたくさん!TOKKでの取材を通じて、密かに「阪急全駅下車チャレンジ」を果たそうともくろんでいるのです。ウッシッシ。

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