長岡京・大山崎・向日 TOKK
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長岡京・大山崎・向日 TOKK
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26.03.09
津曲 克彦(がりさん)
鹿児島県生まれ。大阪府吹田市出身。龍谷大学国際文化学部(現:国際学部)を卒業後、新聞社や出版社、編集プロダクションなどを経た後、2015年からフリーライターとして活動。

休日はちょっと足を伸ばして、心からリラックスできる場所へ出かけたい。そんな気分にぴったりの場所が、阪急西山天王山駅近くにあります。
暖簾をくぐると、ふわりと漂ってくるのは、おだしの優しい香りと自家焙煎コーヒーの芳ばしい匂い。ここは手間暇かけられたおいしいお食事とカフェタイムが楽しめる「おばんざいとお酒 なかの邸」です。
古い柱や梁に見守られながら美しい庭を眺めて過ごす時間は、まさに日常のオアシス。知れば知るほど好きになる、この場所の特別な魅力をご案内します。
歴史の面影を色濃く残す西国街道。その風景にすっかり溶け込むこの重厚な建物は、長岡京の歴史を語るうえで欠かせない名家・中野家の邸宅です。
実はここ、明治から昭和にかけて政財界で活躍した中野種一郎氏の生家でもあります。
初代伏見市長や衆議院議員などを歴任し、神足駅(現在のJR長岡京駅)の誘致にも大きく貢献したという地元にとって大変な偉人。彼が育ったこの場所は、長岡京の大切な誇りとして今も語り継がれています。

戦後には、数寄屋造りの名工として名高い大工・北村傳兵衛(でんべえ)の手によって増改築が行われました。一流の職人たちが腕を振るった贅沢な空間が、当時の息遣いそのままに受け継がれているなんて、ちょっとロマンを感じますよね。
かつての当主が「いろんな人が集まる場所になってほしい」という願いを込めて寄贈されたこの場所は、今、その思いの通りに温かな賑わいを見せています。

そんな名建築のお座敷でいただけるのは、豪華絢爛な非日常の料理……ではなく、私たちが一番ホッとできる「家庭料理」の延長にあるお食事です。
お昼の「おばんざいランチ」は、長岡京名産の菜の花や近郊で採れたタケノコなど、地元の旬の野菜がたっぷりと使われています。口に運ぶと、素材の甘みと、じんわり染み込んだお出汁の風味がじんわり。「あぁ、おいしい」と思わず声が漏れてしまうほどの優しさです。
家で一からおだしをとって、何品も小鉢を作って……というのは、忙しい現代の大人にとってはなかなかハードルが高いもの。外食が続くと体が重くなったり、罪悪感を感じたりすることもありますが、なかの邸のおばんざいは、塩分量も普段の晩ご飯と同じくらいに控えめ。
一つひとつの食材に丁寧に下ごしらえの手間をかけることで生まれる、体への思いやりに満ちたご飯なんです。

さらにうれしいのが、令和7(2025)年からスタートした夜の定食メニューです。文化財の空間でのディナーと聞くと身構えてしまいますが、こちらはなんと1,300円台という日常使いできる価格帯。

ローストビーフ丼や鶏のから揚げなど、みんなが大好きな定番メニューがお腹いっぱい味わえます。
「仕事や子育てで忙しくて晩ご飯が作れない平日でも、家族で気兼ねなくおいしいものを食べて、お母さんやお父さんにもちょっとゆっくりしてほしい」。この定食には、そんな運営者さんの真っ直ぐな思いが込められています。
徐々に夜定食の存在が知られ、利用する人も増えているのだとか。心と体、そしてお財布にも優しいなんて、ご近所にあったら毎日でも通いたくなってしまいますよね。

お腹が満たされたら、縁側の向こうに広がる緑豊かなお庭を眺めて、のんびりと過ごしましょう。一時は苔がなくなってしまっていたそうですが、今の運営チームが手入れを重ね、見事な苔庭の姿を取り戻しつつあります。お庭を作った人が借景を楽しむために設計したという「縁側寄りの席」は、まさに特等席です。

それにしても、江戸時代末期の重厚な建築なのに、なかの邸には不思議と肩の力が抜けるような、ほっとする居心地の良さがあります。その秘密は、あえて「新しいものと古いものとの境界線」をはっきりとさせていることにあるそうです。
普通、文化財の改修といえば、すべてを昔の時代に合わせて「純和風」に統一してしまいがち。
でも、こちらのお座敷に置かれているテーブルなどは、和家具の職人ではなく、なんと北欧家具の職人さんに特注して作ってもらったものなんです。畳を傷つけないよう工夫された美しい北欧家具と、頭上に吊るされたモダンでデザイン性の高い照明。

いかにもなちゃぶ台などを置いて古民家風にするのではなく、あえてこの時代には存在しない「異物」をさりげなく置く。この明確な境界線があるおかげで、文化財特有のピンと張り詰めた緊張感が和らぎ、現代を生きる私たちが一番リラックスできる絶妙な空気感が生まれているのですね。
食後やカフェタイムには、施設内にどんと構える立派な焙煎機で焼き上げられた本格的な自家焙煎コーヒーをいただきましょう。木造建築の木の香りと、コーヒーを焙煎する芳ばしい香りが混ざり合う空間は、本当に居心地が良くて時間が経つのを忘れてしまいます。
しかもこのコーヒー、利益や効率を最優先するのではなく、「とにかくおいしいものを飲んで喜んでもらいたい」という思いから、原価率が高くなっても妥協せず、手間暇をかけて作られているんです。

そしてこの一杯のコーヒーからは、とっても素敵な「循環」も生まれています。
施設の一角で手がけられている「なかの藍染」は、化学肥料や薬品を一切使わない天然の藍染め。その土台となる布地は、なんとカフェで出たコーヒーの抽出かすを使って下染めされているんです。思い思いの模様に絞られた一点モノの作品たちは、深い青の中に人の手の温もりを感じさせてくれます。

実は、なかの邸を運営する「一般社団法人暮らしランプ」は、ここを就労継続支援B型事業所として運営しています。
コーヒーの焙煎にこだわり、おばんざいの下ごしらえに途方もない手間暇をかけられるのは、効率やスピードを最優先しない「福祉」というバックボーンがあるからこそ。多様な個性を持つスタッフさんたちが、それぞれのペースで丁寧に作業と向き合うことで、この場所の「おいしさ」と「居心地の良さ」が守られているのです。
運営者さんが目指しているのは、「支援する・される」という堅苦しい関係ではなく、おいしいご飯を食べて「ありがとう」と微笑み合う、ごく自然で温かな日常の交換です。
「いろんな人が集まる場所になってほしい」。かつてこの建物を寄贈した当主の願いは、長い時を超え、今こうして「誰もが一緒に心地よく過ごせるレストラン」という形で温かく花開いています。

効率やスピードばかりが求められがちな今の時代。だからこそ、あえてたっぷりと手間暇をかけたお食事と空間は、私たちの心にじんわりと沁み渡ります。今度の休日は、日常の疲れをそっと手放しに、西国街道のオアシスへお出かけしてみませんか。
| スポット名 | おばんざいとお酒 なかの邸 |
| 営業時間 | 11:30~15:00、18:00~22:00 |
| 定休日 | 日・月曜 |
| 問い合わせ | 075-959-2877 ※建物見学のみは不可 |
| アクセス | 阪急西山天王山駅下車 約9分 |
| 住所 | 京都府長岡京市調子1-6-35【MAP】 |
| URL | https://www.instagram.com/kurashilamp_nakanotei/ |
ライター
津曲 克彦(がりさん)
幼い頃から移動といえば「阪急電車」。マルーンカラーの車両とゴールデンオリーブカラーのシートにくるまれて育ってきた「阪急育ち」です。京都に行くときはもちろん、大阪梅田や神戸、お参りすることが多い清荒神までも阪急を利用するのがデフォルトです。でも、阪急沿線にはまだ降り立ったことのない駅もたくさん!TOKKでの取材を通じて、密かに「阪急全駅下車チャレンジ」を果たそうともくろんでいるのです。ウッシッシ。
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