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26.02.22
クボタエリ
奈良県出身、大阪在住。アートと音楽、猫、工芸、カレーが好き。毎年の正倉院展が楽しみ。

六甲ライナー「アイランドセンター駅」直結の「神戸ファッション美術館」で、『特別展「THE 新版画 版元・渡邊庄三郎の挑戦」』が3月29日(日)まで開催中です。

江戸時代に庶民の間で大流行した木版画こと「浮世絵」。現代においても、人気浮世絵師の展覧会が開催されれば、数万人規模の来場者が訪れるほど、大人気の美術ジャンルです。

版元・渡邊庄三郎(1885年ー1962年)もそんな浮世絵に魅了された1人。17歳の時に浮世絵商の元で働き始めた庄三郎は、浮世絵のバレンで摺る木版画特有の美しさの虜になりました。そして、明治以降、写真や印刷技術導入の影響で衰退の一途をたどっていた浮世絵木版画(錦絵)の復興と、新しい木版画=「新版画」のムーブメントをおこしたのです。
本展覧会では、「新版画」に関する作品資料177点を間近で見られるだけでなく、庄三郎の「挑戦」の歴史と、彼に賛同した絵師、彫師、摺師とのチームワークをよく知ることができます。

展示作品が、一部を除きほぼ初摺であることも大きなポイント。木版画は、摺れば摺るほど木が摩耗していきます。初摺だからこその細やかな表現に驚き、凝らされた意匠に見惚れ、いつまでも見ていたくなること間違いなしです。

本展覧会は5つの章で構成されます。作品のキャプションの横には、時折「教えて! 庄さん・バレンくん」が登場。作品や技法にまつわる小話が紹介されているので、お子様も一緒に楽しめて安心です。ここからは、展示内容を章ごとにご紹介します!

「Ⅰ「新版画」の誕生」では、庄三郎の意思に共鳴した絵師、彫師、摺師たちと協働して「新版画」が広がっていく様や、彼らが試行錯誤して辿り着いた試みと技を見ることができます。
オーストリア人画家のフリッツ・カペラリは、一番最初に「新版画」に賛同した絵師。庄三郎とともに、新しくて芸術性の高い表現を探していきました。日本人女性を描いた最初期の作品は、構図や小道具に浮世絵の良さも残しつつ、西洋人の眼差しとシンプルな線で新鮮さを感じさせます。

他にはチャールズ・W・バートレットからの依頼で制作した、ハワイの有名なサーファーを描いた《ホノルル浪乗り》(1919年)など、希少な作品も展示されています。
2章以降は、浮世絵でも人気の主題だった「美人画」「風景画」「役者絵」「花鳥画」と、ジャンルごとに新版画が展示されます。

「Ⅱ 多彩な美人画の世界」では、伊東深水をはじめとする絵師の麗しい美人画に目を奪われます。
特に筆者が感銘を受けたのは伊東深水の《新美人十二姿 初夏の浴》(1922年)です。輪郭が空摺り、背景がざら摺りで、全体的にパステル画のような柔らかさと色合いを放っていました。何十版も重ねて繊細な表現を追求した姿勢にも頭が下がります。写真では決して伝わらない匠の技術、ぜひ生で鑑賞してみてください。

学芸員の方も「間近で摺りの技法を見て、自分の目を養っていく。技術の名前を知らなくても、見ているうちに色の違いや工夫をご自身で見つけてもらえるようになる。これが本展覧会の魅力」だと語りました。
さらに、木版画において、黒や赤を均一な濃さで鮮やかに出力するのは非常に困難だそう。高い技術が必要なのはもちろんのこと、絵師、彫師、摺師をまとめる版元がいたからこそ、これらの素晴らしい作品が生まれたのだ、という点に注目してほしいと想いを込めました。

「Ⅲ 新たな風景画の出現」では、「旅情詩人」と称される川瀬巴水と庄三郎の絆が感じられます。新版画に興味を持った川瀬と作った《塩原おかね路》(1918年)を含む《塩原三部作》をキッカケに、40年にも及ぶ庄三郎と川瀬の共同作業が始まりました。庄三郎は川瀬の旅費代を出してサポートしたといいます。作品の中に、旅を楽しむ川瀬の姿が描かれていたりも……?

浮世絵の風景画といえば、歌川広重の《東海道五十三次》(1833年)が有名ですが、川瀬巴水は広重と比較されるのが嫌で、同じようなシリーズ《東海道風景選集》(1931〜1947年)にチャレンジ。結果的に26図で終わったそうですが、版元、絵師、彫師、摺師が一体となった創意工夫が随所に見え隠れします。

原画と版画の比較も面白いポイントです。原画を完璧にコピーして版画にするのではなく、「より版画が活きるように、より創造的なものを作ろう」という強い想いが、作品の芸術性を高めていきました。何よりも、三方をとりまとめていた庄三郎のプロデュース能力がうかがえます。

時間の許す限り観たいのが、42分にわたる記録映像「版画に生きる」(1955〜1959年)です。庄三郎の娘婿である渡邊規が「技術を残したい」という強い想いで、当時まだ珍しく高価だったカラーフィルムを使い、自費制作しました。川瀬巴水が登場する唯一のカラー映像と言われているそうで、本作品がフル尺で観られる機会は本当に貴重。ぜひ少しでも時間を作ってみてください。こうしたエピソードからも、周囲の人を巻き込み、動かしてしまう庄三郎の人となりや情熱が伝わってきます。
内覧会では、庄三郎の孫にあたる渡邊木版美術画舗 3代目・渡邊章一郎氏による、作品にまつわる裏話も多数紹介がありました。例えば川瀬巴水《新東京百景 芝大門の雪》(1936年)は、雪景色の増上寺の正門が描かれていますが、下見の際はなかった自動車が版画に登場しています。これは1936年にトヨタが第1号の新型自動車を発売するという時事ネタを盛り込んだもの。

また、冨士屋ホテルの依頼で制作された《箱根宮の下 冨士屋ホテル》(1949年)はホテルの春夏秋冬の風景を表現していますが、春夏秋までは同じ版木を使用し、冬では違う版木を用意。これは彫師と摺師のレベルの高さがうかがえる、と章一郎氏。どこが変わっているのか、比較してみると発見があるかもしれません。

「Ⅳ モダン役者絵」では、庄三郎が山村耕花(豊成)や名取春仙といった役者絵が得意な絵師とタッグを組んで制作。画面に大きく配された豊かな表情や、ざら摺りの背景から迫力が伝わります。
役者絵は今でいう「推し活」。好きな役者が演じる場面の瞬間を切り取った絵を飾りたいと、当時からかなりの人気を博したそうです。特に名取春仙の《新派似顔絵 大河内伝次郎の丹下左膳》(1934年)は大人気で非常によく売れた、と章一郎氏は語りました。様々な技法がふんだんに詰め込まれた役者絵は、モデルが実在の人物であることから制作側も気合いを入れて臨んでいたそうです。

最後の章である「Ⅴ 花鳥新版画の魅力」には、美しい花鳥風月図が大集合。動物たちと植物の生き生きとした様が印象的です。

代々猫が好きの渡邊家。高橋弘明(松亭)の《白猫》(1926年)は、猫の毛並みに空摺りを用い、ふくふくとした愛らしさを表現しています。さらに、どこから見ても猫と目が合う「八方睨み」で描かれており、これは庄三郎が「皆のことを見ているよ」とメッセージを込めているのではないかと言われているそうです。

また、花鳥風月を描く際によく使用される黒・赤・白の3色は、日本の版画であることを示すと同時に「おめでたいこと」を象徴しています。本展で唯一写真撮影が可能な小原祥邨《柘榴に鸚鵡》(昭和初期)は、「鸚鵡=知性、柘榴=繁栄」という意味もあわせて、「日本の版画業界に優秀な絵師がたくさん登場しますように」との願いが込められたそう。こちらは海外でも大人気で、1933年にポーランドのワルシャワで開催された『国際木版画展覧会』では、967枚もの注文が舞い込んだそうです。
1枚1枚、じっくりと味わいたくなるほどに芸術性の高い「新版画」。版元の庄三郎を中心に多くの絵師、彫師、摺師が志を共にしたからこそ生まれた、絆の結晶と言えるでしょう。

おすすめはミュージアムショップで購入できる図録です。摺りの技法、浮世絵木版画と「新版画」の違い、年表やキャプション、「教えて! 庄さん・バレンくん」までしっかり網羅されているので、満足度高し。

本展覧会は実際に足を運び、自分の目で楽しむことが最大の魅力です。知識がなくても、ただ作品を見るだけで、色々な発見があるはず。会期中に行われる学芸員によるギャラリートークもおすすめです。ぜひお気に入りの作品を見つけてくださいね。

| 展覧会名 | 特別展「THE 新版画 版元・渡邊庄三郎の挑戦」 |
| 会場 | 神戸ファッション美術館 |
| 会期 | 3月29日(日)まで |
| 営業時間 | 10:00〜18:00(入館は17:30まで) |
| 休館日 | 月曜(2月23日〈祝〉は開館)、2月24日(火) |
| 入館料 | 一般:1,000円(800円) 65歳以上・大学生:500円(400円) ※()内は前売及び、20名以上の団体料金 高校生以下・神戸市在住の65歳以上の方:無料 |
| お問い合わせ | 078-858-0050 |
| アクセス | 六甲ライナーアイランドセンター駅下車すぐ |
| 住所 | 神戸市東灘区向洋町中2-9-1 神戸ファッションプラザ1階【MAP】 |
| URL | https://www.fashionmuseum.jp/special/shin-hanga/ |
岡本_御影ライター
クボタエリ
グラフィックデザイナーからライターに転向して9年。音楽やアートなどのエンタメ中心にインタビュー記事やレポート記事を多く手がける。現場の雰囲気や、人の想い、ストーリーを掬いとった記事を書くのが得意。
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